人や伴侶動物は、日常的に自然放射線の被ばくを受けて暮らしております。自然放射線とは宇宙放射線、地殻から放出される放射線、そして体内のカリウム(K-40)から放出される放射線で、日本人の年間平均線量は1.2mSvです。また、医療被ばく(疾患の診断や健康検査時のエックス線写真撮影やCT診断時に受ける被ばく)でも、とくにCT撮影では自然被ばくより大きな線量の被ばくを受けています。自然放射線被ばくは避けることができません。医療被ばくは有益な結果がえられますので、容認できます。しかし、原子力災害に伴い放射線被ばくは、放射線被ばくの影響リスクを高め、精神的不安などの弊害を起こすだけです。
原子力発電所の原子炉が破壊されると、放射性物質が環境に放出され、周辺地域が汚染されます。原子炉破損が深刻な状態になるほど、多くの放射性物質が広範囲にまき散らされます。チェルノブリ原発事故(旧ソ連)や福島原発事故で放出された核種は同じです。事故直後は半減期の短い(8日)放射性ヨウ素が、その後半減期の長い(30年)放射性セシウムの汚染が問題となっています。放射性ヨウ素やセシウムなどの放射性物質からは、放射線が放出されますので、汚染された区域にいると、体の外部から放射線の照射を受けます。これを外部被ばくといいます。さらに、放射性物質を鼻や口から体に取り込んだ場合には体外に排泄されるまで、放射線の照射を受けます。これを内部被ばくといいます。
人と同様に、伴侶動物の放射線被ばくを回避あるいは軽減するには、放射能汚染環境からすみやかに汚染のない地域へ避難して外部被ばくを防ぐと同時に、呼吸や飲食による放射性物質の摂取をさせないようにすることです。動物に防護マスクを使用することはできませんので。また、伴侶動物が放射性ヨウ素や放射性セシウムの外部被ばくや内部被ばくを受けた時の障害や治療に関する科学的かつ実験的な知見はありません。人の放射性ヨウ素の影響や治療効果については1986年の旧ソ連のチェルノブイリ原発事故で、放射性セシウムについては1987年のゴイアニア(ブラジルの都市)事故で知見が得られています。したがって、伴侶動物の放射線影響の評価や治療が必要な場合には、人に準じて、年齢、寿命、体重などを考慮して行うことになります。繰り返しますが、放射線障害の不安を小さくするための最も重要なことは、放射能汚染地域からいそいで避難することです。
福島原発事故後から本会員が受けた相談の例をいくつかあげます。福島県(警戒区域外)や東京都などから、伴侶動物に放射線影響について相談がありました。いずれも放射線測定値から障害が起きるリスクはほとんどありませんでした。もっと多かった相談は、屋外に犬を散歩につれていっても大丈夫か、餌や水(水道水)を与えてもよいか、でした。これも放射線量から障害が起きるリスクはありませんでしたが、運動はホコリが少ない場所でさせる、ドッグフードは食べる前に与え放置しない、みずはペットボトルの水を与えることで、飼い主さんは安心されました。環境省の報告には、福島県で体表面に比較的高い放射能汚染がみられた犬がいたとありますが、それでも障害発現の可能性はないと判断されます。相談を受けた症状の多くは、放射線被ばくによるものではなく、運動不足や生活環境の変化が原因でした。実際に、飼い主さんが普段の落ち着いた生活にもどると症状はなくなったそうです。